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category本・雑誌

宝の山 目の保養

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 久々にいろいろと知り合いのところなど回り見てきました。
 
 あるわあるわ、いいところには埋もれています。宝の山が。いや、一般の興味ない人から見ればクズかもしれませんが、実際はなかなかのもの。
 
 得てしてこういうものほどなかなか出ないのですが、所有者が亡くなると出てくるものもあります。出てきて「ああ、あの人が亡くなったんだな」とわかるものもあります。そういうものは幾度も見ています。寂しさは募りますが。
 
 
 ざっと見て、軽く1棚軽く1千万以上するものもありました(本棚そのものではなく、その1棚というレベルでーその本棚でマンションが買えてしまいます<笑>。恐ろしや。昔は確かに安かったので買った当初はそんなに出していないようなものもあり、なかなか真似てできるものでもありません。もちろん、もとより高いものもあります。

 
 1冊あるだけでも奇跡なのに、それが2冊もあるというような神レベルのものも。その希少性から値段が上がることはあっても下がることはないようなものも。


 こういうものはいい目の保養にもなり、刺激にもなります。状態の良さも。メラメラと刺激にもなります。展覧会などとはまた違った趣きもあり、人となりも見えてきます。
 
 
 1日にしてならず。それらのものに巡り合えるとまたわくわくもします。さすがにそこまで凄まじいのはそうそう出るわけもなく、お金があったとしても買えるものでもありません(こういうものは本当にタイミングです。それを逃せば一生手に入らないものもあります)。ただ積み重なれば形になっていくものもあります。
 
 
 そんな物凄いものを探してまず出会えることはほとんどありませんが(もとからそういう目的で行くと肩透かしを食うことが多いです)、まれに光るものはあります。それを見出せるかはその腕次第です。
 
 
 何万、十万、何十万とするものがほいほいとあるわけはありません(それらをはるかに超えるようなものは本当に運とタイミング次第です)。そういうことを考えるといいものを引くことは難しいです。
 
 
 が、ないわけでもありません。嗅覚を磨けばあるいはあなたの手に来る日も来るもしれません。おいそれと見つけられないので買うと決めたら買う決心も必要です。
 
 
 そこでみないろいろ苦心します。簡単に手に入るわけでもありません。どういうものが、と傾向を覚えたり、記憶したり、場所柄を見たり、人の流れを見たり、ライバルを見たり。いろいろと自然と覚えることもあります。
 
 
 各地でとなるとやたらと慢心になる客もいます。文句を言う客も。ただ、得てして大したこともないのに難癖をつけて文句を言う客ほど大したものを買っていかないのは昔からですが。文句を言う前に腕を磨きなさいと。より買われていると思うのなら現段階でそれはあなたのレベルをずっと凌駕しているということです。それはそれで実は凄いことなのですが。それができるということは。少なくとも思っている以上に知識もいりますし。同じことができるかというと難しいですし。
 
 
 そうしたレベルを維持するのも大変です。腕が鈍らないようにしなくてはなりませんし、実際既にかなり所持しているのにそのためだけに行く強者も確かにいます。ましてや全国から来るところなどは物好きが多いですし、激戦にもなります。もしかしたら相手は日本屈指の腕を持つ歴戦の強者かもしれませんし、そういう場から学ぶことも少なくありません。学べるかどうかはまた別ですが。
 
 
 今はハイテクもありますが、オーソドックスは何気にいつの時代も強いです。本気で極めるのならそちらの方が楽しいですが。見つけてぐっとくるのは同じですが。問題だらけの某法案について考えていたら違うことに。それはいずれまたとして、今日はこの辺で。
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category本・雑誌

知らぬ間に復刊

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 近年は知らぬ間に復刊というケースも少なくないですが、中にはこれがというものもあります(古くて需要があるのかどうかという微妙なものも)。ただ、そんなものでも復刊されるとやはり古本などの価格には影響したりもします。
 
 
 昔は1万円以上したものがもはや1000円~2000円でしか売れない、そんなものもざらにあります。

 
 中には一時的に復刊というものもありますが、恒久的に復刊するものもあり、新装になってという場合や文庫もので出されるケースもあります(違う出版社からというケースも)。
 
 
 古書で今まで見かけなかったものが急に出てくるようになったとしたら、少し注意が必要ですね。その場合、復刊されている可能性は大で、高く買ってしまうケースもあるので(おお、と思ったら普通に売っていたというケースも。昔はそこそこレアで3万くらいしていたものが1000円ちょっとでというものもありました)。
 
 
 新しいのが出るとやはり持っていた古いものを手放すして新しいものを買う人も少なくありません。昔は高額本の常連で安定して1万円以上で売れていたようなものも今は昔、そんなものもざらです。電子はまだ限定的範囲にとどまるので、影響でいえばこうしたタイプのものの方が大きいです。
 
 
 個人的にも新しく出たもので買ったものも少なくないので、欲する人の気持ちもわかります。おお、これが出ていたか、と。それもまた時代を感じさせます。時には書店に出向いて見てみるのも良いかもしれません。最近は新刊書店などでもいろいろ工夫されているところもありますので。

〔テーマ:本に関することジャンル:本・雑誌

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集客力のある場でいかに買われるか

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 ダルビッシュ投手、フィギュア、なでしこ、海外サッカー、移籍の有無、小沢無罪判決(これは前にも触れた覚えがありますがーどこかでーあの形で仮に有罪判決が下っていたとしたら司法の自殺にも等しいと思っていましたのである意味、当然の結果になりました。誘因・誘導要素が強制起訴前からたぶんにあり、また国民のと言いつつも、ほぼその多くはマスコミなどによりある方向へと誘因された面も非常に大きかったので、そもそもが公平なものとは言えませんでした。政治とカネという曖昧な言葉でいわゆるレッテルをつけたことについても。時間があれば検察・弁護がどういう形で臨んだかも。某死刑判決についても合わせて書くかもしれませんがーあれはこれとは違う意味でまともな判決が出ましたのでーこれらはいずれ書くでしょうが)など書きたいことは山ほどありますが、せっかくなので少し続けます。
 
 
 そこにあるものについて高いか、安いかというのは人それぞれ感じ方も違いますが、売れるもの、売れないものの違いもそこに含まれています。一般的にめいいっぱいつけてしまえば売れにくいのは事実ですー特に外など。そうしたものは残ってしまいますし、売れなければまた次へという感じになりがちですが、状態も見てそれなので、基本的に次も同じ値段で回して売れる可能性は低いです(固定値に近いもので売れるものももちろんありますが)。
 
 
 もちろん、それでも売れるものは売れますし、時期的なものや、中には売れるのに時間がかかったり、必要とする層が限られていたりすると時間もかかります(それでもいいものであればすぐに売れたりもしますが)。そのタイムロスをどうするか、痛い話ですが、基本的に売れなければお金になりませんので、そうしたものが多く残ってゆき、うまく回転しなければ苦しくなっていきます。売りを主体にしているのなら基本売れてなんぼです(それを目玉として残すのであれば残すのもありですが、いつまでもというのはやや寂しいものです)。
 
 
 そこでものによっては見直す(値を)という作業も必要になってきますが、直にという場合、手を出しやすい価格というものはあります。7000円では売れないが5000円なら思いのほか早く売れたという感じに。このくらいならと思ってそうした人は手に取りますが、利は減るものの、その分回転は速くなるのでトータル的に見れば結構プラスになったりもします。何より早くお金になるというのは売り手にとっては魅力です。
 
 
 確かに粘れば7000円でも売れるかもしれませんが、この場合、1年くらいかかるのと、同じようなものを5000円で早くするのでは回転の差に出てくることもあります。先にお金が入ればその分、次に回すこともできます。
 
 
 もちろん、待てば売れるというものもありますが、それは出すところに性格の違いというものもあります。つまり傾向を見極めるということも大事です。ブックオフやマケプレは違いますし、オークションなどもまた違いますし、お店を持っているのならそれはまた違いますし、市場でという場合や出向いてというのもまた異なります。
 
 
 人が多く見る方がチャンスは確かにありますが(集客力ということで)、熱心な人は結構好きで見たりもしているのであれば買うという人もいれば、少しでも安いものをという人もいます。しっかりとしたものであればそれなりの値段で買う人もいます。好きなものなら高いものでもという人もいて様々です。
 
 
 ただまとめて多く、一つ一つの裁きがめんどくさいという場合には、またより多くをという場合に全て見切れないほどあり、必ずしもコンディション確認にまで回れないというような場合にはほどほどの価格にして出してしまった方がちまちま見てやるよりも効果的という場合もあります。またそうしたものは客寄せという意味合いや、自店ないしは自らを知ってもらうという意味合いもあるので、当然撒きは必要です。


 それらが後になって実を結ぶという場合もあります。特に多くあり過ぎる場合には見ているだけで時間・労力もかかってしまうのでそうしたこともありです。見る側も楽しみがあり、そうしたこと自体楽しみにしている方も多くいたりするので、感謝という意味でも、また活気づけるという意味でもサービス値でというのはお客を呼び込みます。そうなると相乗効果もあるかもしれません。ここに行ってみようか、ここで買ってみようかという気にもなるので。
 
 
 期間を決めての場合、基本的にそこで処理する、裁く(その期間で)というのが理想的です(活きのいい新鮮な活力あるものをその都度入れておきたいのとやはり何度も回すと傷みなども出てきたり、中には日焼けしたりするもの、劣化するものもあり、コンディション的にも考慮しておくべきものもあるのでーただ基本見れるという状態にしておくにこしたことはありませんがー状態がよりわかり、そうしたものの方が確かに売れやすい側面はあるので)。残ってもまた回さなければなりませんし、それだけ手間もかかります。動かなければスペースを取ったままですし、またそれを考えないといけません。できればその場でというのが最善で、そうした場合、動きそうにないなら敢えて途中で下げるということもありです。敢えてそうした場で高くしているところもありますが、それだと正直なかなか売れないのでは、と思います。場があっていればそこそこのものでもよく売れたりもしますので、程度の良いものもやはり必要で、バランスよくというのもいい形です。その期間で全部が全部売れるわけではないのはもちろんですが、であるがゆえに少し頭の使いどころです。お金がかかったりもしますので。
 
 
 普段売れにくいものでも安くしておけばすぐに売れたりすることもあれば、1000円弱程度で売れたりすることもあるでしょう(それだけでも基本御の字ですが)。誘因要素もあるので釣られて買う人もいます。またテーマで固めていたりすると同種のものがわかりやすいので複数買われやすい場合もあります。ただ当たり外れも場所柄や時期的にはあるので、難しく思う場合にはトータルバランスから考えると良いでしょう(全体的にこうした傾向でとまとめると摑みやすい面はありますが)。
 
 
 いろいろ目につけばついつい多く買ってしまう人も少なくないでしょう。こうした時は裁き時ですので、ある意味思い切ってということもありでしょう。
 
 
 集客力があればあるほどいろんなお客さんが来るのでその分、期待も持てます。駆け込みでいいものが売れてゆくこともあるでしょう。タイミングというものもありますが、お客あってのものゆえ、サービス精神も必要です。集客は集客でもアマゾンやオークションではまた違いますし、ブックオフなどのチェーン店系列の新古書店のものや本屋なものなどもまた違います。そこに合わせた性格というものもあるのでそれらの違いを見極めた上で望むと良いでしょう。買う方も買う方でいろいろ楽しみにもしているので。
 
 
 

〔テーマ:本に関することジャンル:本・雑誌

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うまく忘れるということ 眠れない夜に

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 さて、少し続けて。うまく忘れるということについて。最近は時間もあまりないので、代わりに買ってきたりもしてもらっていますが、特に本関連などについては毎年一定数以上はかならず買うので、少なからず買っておけばというものは存在します。
 
 
 あの時にあれを買っておけば、というものです。恐らく誰もが一度は経験したことがあるのではないでしょうか。私も毎年のようにあります。
 
 
 昨今で言えばこの5年間で後にも先にも強く残ってしまっているものがあり、それだけが心残りでしたが、これは確かに買っておけばと強く後悔するものでした。これのせいでかなり心身的に少しダメージを受けましたので、がくんとした日が結構続きました。
 
 
 買えたと完全に安心しきっていたところで後少しというところで強力な外国のマニアに買われてしまいました。向こうの人間も好きなタイプでしたのである程度は覚悟していたものの、予想を大きく超えたものになっていました(初めは、おっこれはいけると思ったのですが、彼もその価値が高いことを知っていたので長い戦いとなりました)。
 
 
 後からそれの2倍出すとしましたが、やはりダメでした。この時ばかりは後悔しました。これは本当に出ないもので、以来、探していますが、案の定見かけません(その前から探してもいたのですが)。もともと数は少なく、その分野でもかなり貴重なものでした。今だったら3倍以上は出すかもしれません。ただもう出会えないかもしれません。「ここまできてしまっては高いかと」一瞬、躊躇してしまったのがあだとなりました。ああいう時はずばっと買わねばなりませんでした。と言ってもかなり手ごわい相手でしたのでかなり圧倒的な覚悟がいたでしょうが。そうしたものほど後からどんどん後悔の念が増したりもします。
 
 
 これにこりてからは以後、仮に買うのを忘れたり、買い逃したり、また買われてしまっても、それを心理的にコントロールできるよう、うまく忘れるということをしています。なかなか説明するのは難しいですが、それをそのままずっと残してしまうと後後にも響いたりして翌日や、その週にも影響で兼ねないほど落胆の大きい場合もあるので、私の場合はほぼ完全にそれを遮断しています。
 
 
 もちろん、完全に忘れるということではありませんが、少なくとも今の意識下では引き離すということです。これによりだいぶ楽になり、苦痛を覚えるということもなくなりました。あれがやはりそれだけ痛かったというのはあります。「持ってかれた~」と1ヶ月以上はもんもんとした気持ちで過ごしていましたので(「あの時に何でもっと、、、」その繰り返しです)。ただそうなってしまうと、精神的にも良くないですし、他の事にも支障をきたすほどでしたので、しばらくして忘れるということに専念しました。
 
 
 そのおかげで今ではコントロールでき、割り切ることができています。ただ、本当に良いものはいつ来るかということがわからず、待ってもくれません。そこでどう出るかが勝負となります。お金を持っていても買えないというものはあり、それをお金があればいいということでもありません。
 
 
 中には1点物や何冊しかないというものも存在し、それを逃せばほぼチャンスはありません(運良く出会えても何十年後という可能性すらあります)。本当の稀に見るレアものなどはそんなものでおいそれと手に入るものでもありません。
 
 
 その時、そのタイミングで持っていなければ意味がないのです。またその時、そのタイミングで決断できなければ。それ以後はほぼ本当に欲しいものは見逃しておりませんが(少なくとも見ていて手にできる範囲では。それでも完全にというわけにはいきませんが)、来たと思ったものは必ず買うことにしています(それで買いすぎて後悔することもありますが)。もちろん、それでも買っておけばということが0になるわけではありませんでしたが。体調面で、また日程的都合で買えないこともあるので。また断念したものや、買えなかったというものも0ではありません(相手もいたりするので。また本に限りませんが、良いものは抽選だったりすることもあるのでー期間限定のチケットなんかはこの類です)。割り切るということもやはり必要で、全部が全部手にすることは難しいので(さすがに全部見通すということはできませんし)、欲しいというものは山ほどありますが、折り合いをつけることも大事です。切りがありませんので。本当に欲しいものが来るまで欲しいものも多く出てきたりするので本当に欲しいのかということをその時判断するのは時に難しいものもあるかもしれませんが。

 
 
 買っておけばというのは螺旋になりますから、ぐるぐると後悔が続いたりもします。そうするとやはり支障はきたすので、どこかで区切りをつける必要があります。眠れない夜には、うまく忘れるということを身につけると良いかもしれません。これで少しはぐっすり眠れるようになるかもしれません。それではこの辺りで。
 
 

〔テーマ:本に関することジャンル:本・雑誌

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後進を育てるということ

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 フィギュアについて書こうかと思いましたが、あまり時間がなかったので、違うことを少し。
 
 
 いろいろと気にかかることも今の日本では多いですが(国について、災害について、福祉について、経済について、文化について、技術について、ビジョンについてなどいろいろと)、どこか見えないままでということがここ10-20年くらいは続いています。後進を育てるということに関していろいろと失敗しています。技術が、その心得が、そのやり方が途絶えてしまうのではと危惧しているところも多いです(ベテランは特に。芸術家や職人などだけでなく、警察官や技術系の人間、その他にもいろいろ多くいます)。

 
 
 育てるということもなかなかうまくないように感じます(戦略的ビジョンの欠如とも言えますが)。いかに後からという人を育てるか、これは大きな要素です。そこが見えなければ心もとないのは言うまでもありません。人材はなんだかんだ言っても大きく左右する要素であるのは変わりありませんーそれをシステムで補うということもできますが、それにはきちんとしたシステムが持続的にある程度の状態を維持した上で動き続けるということが前提になってきます。
 
 
 私にも見て育ったという人間がいますが、ただ教えるということではダメです。それでは大きくは成長しません。いかに考え、いかに活かしてゆくか、自分なりの視点から見れるかー包括的に多くのものを集約して見れるか、そうした要素も大事ですが、個でいろいろ見つつ吸収してゆくということも大事です。言われたからではなく(最近は時間的に買う余裕がないのでいろいろ頼みますが。ちゃっかりしています)。

 
 自然と力は備わる時には備わってきます。好きなもので言えば私は例えば見ないでも多くの本・物があったとしてもそれらを気配を感じることはできますが、これを教えようとしてもできません。今は携帯で見る人やバーコードなどを使う人も多いですが、肉眼のみです。それで良いものを埋もれた中から見出すことができます(ものだけに限りませんが)。もちろん、時間もそう使えないのでそれなりに早くです。見つけるのが速いだけでなく、その場所も見ている中で把握していきますので、後からそこにということもできます。
 
 
 少し教えた人間や見よう見まねでという人間もいましたが、もとからその手に才能もあり、今ではなかなかの強者になった者もおります(見つけること、見出す工夫、考え方・どう向き合うかなどは教えたりしました。海外にも行ったりしていたので、いろいろ見るようになったのは近年のようです。昔はよく連れていきましたが。今の時代、肉眼のみです)。ポカはしますが(それは見逃すという意味ではなく、そこにあるのにもかかわらずに買いそびれてしまうということですー後で買えばとかいうように。見ると同時に見たところもほぼ把握しています、ものすごい数であってもそれは変わりないようです)、かなりの精度を持ち、見つけるという技量ではほとんど肉薄しているくらいです。若いですから体力もあります。外国にもおりますが、それまた違ったやり方でがんばったりしています。
 
 
 マニアやそうしたことが好きな愛好家も多いですが、見るということに関してはかなりなもので海外からも依頼されるほどなのでー複数語できるというのもありますが(もちろん、名前だけでなしにどういうものかというものも知っています。見なくとも本の内容もだいたいどんなものか把握できますーこれは経験が入りますが。語ることも当然できるということです。教授レベルとも普通に超える議論もできます)。本だけではなしに他のものも見ることはできます。最近では頼まれて買うこともあるようです(私もその一人ですが。おいおい、いかんだろそれでは<笑>)。この間も見せてくれました。「おお」というようなうらやましいものもあったので最近は見れないことも多いので口惜しいですが。実に久しぶりに見ました。本屋などでのものではなく、全く違うルートででしたが、ここ10-15年ほどは見ていないので。シゲさんがいたらおおと言って説きそうですが。
 

 ないところにも本をということもしたりしているので、本も役立っていると思いますが。何度か昨年は「やられた」と言っておりましたが、一度手にしたのに重くて断念したようです、その時は。もう一度来た時にはなかったとのこと。そういう時は余計に口惜しくもなりますが、そうしたことでより成長はします、今度は、と。一度始まる前から店関係者でしょうか、既に積んでいて(買い込みようにと別に)、がっかりした時もあったようです。これは私でもがっかりしますが、おいおいと。でもめげずにせっせと見つけ出してきて、その時はトータルではそれを大きく上回るほどの収穫だったそうです。そういう時には逆に力も入るでしょう。おいおい反則だろ、それは。それはやっちゃいけないよと思うものの。
 
 
 相当なもので普通にはまず敵わないのではないかと思われる質でした。いつの間にやら。ただほとんど出したりもしておらず、自分でできる範囲のものなどを送り出したりしています。持っているものの方が圧倒的に数が多いです。中にはそういう人もいます。棚は高いもので1段だけで100をゆうに超えるものもあり、1棚で数百レベルのものもありました。またただ出すだけでなく個人的に譲ったり出したりもするそうしたものは1つでも十数からというものもごろごろあったので、数冊、10冊程度でもそれなりのものになります(オークションやマケプレ、また専業市場へ、またお店へ売りというようなものではなく、個と個による対面でのもの。これは私もしますが。いいものであればそれなりのものになりますー海外では盛んに行われていますが。日本だと本などよりもどちらかというと骨董系の方が多いですが)。数だけではどれほどのというのは把握しにくいものがあり、いっぱい持っておればいいというわけでもありません。本物を知るということも大事です(ただものは持ちすぎるくらい持っていましたが。あれでは減らないはずですが)。
 
 
 頼んだりはしていたものの、しばらく会っていなかったのに良いコレクターにもなっていました。今まで同種のもので全く見たことがなかった本があり、これまで知られていなかったような異装本もあり、限定ものも見てきましたが、それよりもはるかに豪華な造りであり、こんなものが存在していたのかと思ったほどです(これがあの年代に造られたとすれば驚きですーまだ造りも粗末な時代だったゆえ)。出れば軽くそれだけで3ケタは超えるでしょう。その他にも本ではありませんが、なかなかの逸品もあり、状態がどんなに悪くても80くらい(これは買取するとしたらこのくらいから~)というもので、見事なものであり、本物でもあったので最低でも120~350弱といったところでしょうか、高くて400前後です(低くても150といったところです状態も良いので全てそろっているものということもあり、+100アルファーといったところです)。細かい汚れもきちんと取ってあり、これがあるとないとでは結構違ってきます、見栄えも、値段もー悪いままだと50以上マイナスになったりもしますので。こちらはそっち系統の方向で検討しているようです(確かに立派なものですので、一般展示クラスであったとしても遜色はなく、常時展示されても見応えのあるものですーその方面が亡くなられ、手放されたようです)。
 
 
 日本の近代作家ゆかりの人とも親しくなったようで、高齢だったこともあり、譲られたりもしたようです。なかなか見ないものもあり、その出版するにあたってどのような経緯があったのかを記したものもありました。これもなかなか珍しいものです。
 
 
 その他にも漫画も含め、いろいろありましたが、中でも現在、私物などはほとんど出ることがない世界的にも著名な作家のものがあり、今も人気が高いですが、まず通常のもので出ているものはほとんど目にしないので驚きました。向こうの作者と生前親しかった人と渡り合ったようです。作者は存命ですが、契約が厳しいことでも知られており、横にいても他に必要とないことなどは話したりできないこともよくあるほどです。日本の出版社でもそれで大変に苦労したとも聞きます。その人のが、ということで驚かされました。本当に好きな人に譲ろうと考えていたらしいですが、自国の人以外には絶対に譲りたくなかったようです(気持ちはわかりますが)。そこを何度も交渉して、それほどならば、ということで譲っていただけたようです(う~む、うらやましい)。今なら数十~百数十といったところですが、世界的にも極めて高い評価があり、多くの国でも人気があり、その上、私物はほとんど出回りませんから、値段がそれより上がることはあっても下がることはまず考えられません(名を出せば知っている方も多くいるというレベルの作家です)。当人がまたその本に関わった人でもありましたので資料的な価値もあります。
 
 
 ただ交渉は最初から相当難儀したようで、普通の人ならまず出花からくじかれ、折られると思います。最初は欲しいのならばと、とても買えないような額であったようです(試していたのだと思いますが)。その後も何々人ではないととか自分の国に住んでいないとダメだとか、本は全部読んでいるのかなどもう難癖山盛りだったようです。物事についていろいろ語れて作家についても詳細に語れることと、分析もできそれを向こうの言葉でも伝えられるので熱意に押されたということもあるでしょう(飛行機代往復もない片道くらいのようでしたので、本当に気持ち分という感じでしょう。普通ならまず譲ってくれません)。


 
 これらはほんのここ数年でということですので、それだけでもレベルは段違いでした。その他にも好きでいろいろ集めたりもしています。そういうところにはいいものがやはり呼び込まれています(それを見て、負けられんわと闘志が湧いてきました。私の本能にも熱いものが触れました。見ているだけでも楽しいものですが)。


 
 出会えないものに出会うということも楽しいですが、不意の出会いもまた楽しさはあります。外売り、内売りに限らず出向いた時などまたこういう時は活気のあるところは見えてきます。その勢いで、いい線いっているなということもわかります。目の前で売れるということはやはり気持ちのいいものでしょうし、お客さんの反応や売れ行きでどうすればというのも見えてきたりもします(ああいうのは高すぎたかなとか、ああしたものはもっと安くしても良かったかなと。本に触れるという意味では買えるものを、届くものをということも必要なのでー例えばお子さんに買えるようなものもー、そうしたものもうまく入れると活性化してお客も増えたりもします。将来的の眼を残すという面でも子どもの頃に触れたものは覚えたりもしているので、後につなげるためにも。いいお客さんになってくれることもあるので、売り場というのは大事です(海外ではこうした場はとても重要視します)。こういう経験は直にでないとわからないので、積んでおいた方がためになるとは思います。
 
 
 人にどういう態度を取るのかということでも左右されたりもします。良くすれば基本的には相手も気分は良くなりますし、また探してくれるという気にもなります。ただそれにはやはり付き合いというものもありますが、仮に合わなくともそうした想いは伝わりますので、不向きな人はそうしたところからまずトライしてみるのもいいかもしれません。1年や2年、数年程度ではわからないようなこともよくありますし、そうしたことだけが全てというわけでもありません。
 
 
 その他にも垣根は広いです。語られているものだけがすべてというわけではありません。見合うものを自分で見つけてみるのもいいでしょう。特に答えがあるわけでもないので。

〔テーマ:本に関することジャンル:本・雑誌

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