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category漫画

東京喰種終幕 寝て待て

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しばらく開いてしまいました。いろいろとじんだいな調べ物がそこかしこにあったので。

 それはそうと、今、漫画で絶好調でヤングジャンプを盛り上げているトップ級の漫画で今、隻眼の梟編でついにあの人が、ということがわかったところで、唐突ながら「東京喰種」が最終回。ここで終わるようです。143話。いいところですがねー金木研が、グールー喰種がー正確には半喰種ですがー進めるのはここまで、有馬さんが言っていたように「V14」からは進めない「14以上進めない」ということで14巻が最終巻ですーのようです。

主人公・かねきけん行方知れずー実質死亡?、CCG側主人公・亜門死亡、最後に笑うのは(イトリ、ロマ、ウタ、ニコ、宗太などー有馬さんが探していたのは彼らです11,12巻ーウタ、イトリすっとぼけコンビー高槻先生に負けてないですね)、ピエロらのメンツ登場らしい。

 いやはや凄い展開の速さでしたのでこのところ。だらだら続くものが多い中、ここ数ヵ月は本当に濃密で、1週1週が楽しみでしたのでここでこの展開で最終回は残念です(にや)。驚くべき展開はふっふっふ。あるとして、まあ楽しみに待ちますか。毎週、楽しみにしていた1つなのに。本当残念です。ご愛読ありがとうございました、と来ましたか。お疲れ様でした。本当、とても楽しみにしていたのに残念です()。最終回は残念ですよ、少なくとも今の君はもうここからは進めないー金木君、亜門君。本当に残念です()。ここまでの展開も好きでしたけどね。待ち遠しいです。
 
 ■9月18日■非公開の記事のはずでしたがー記憶にとどめておくための。公開になっていました。すみません。

と言っても既にこの展開では先に流れてしまうのは正直、仕方がないかと。海外でもがんがんに流れていましたしー日本もほどなくしてばれー金曜日にはそこらから見て既にそこかしこに、本当に終わるのか、終わってしまったのかと騒ぎになっていましたので。それはここ1週間、日本でも同じこと。

 連載の1回目からもちろん、ヤングジャンプを直接買って読んできましたがー古参中の古参です(今でもそのため、捨てられずもの凄い数があります。気に入った回のは複数買うので、その143回を抜き、「東京喰種」150冊(正確には200冊以上)以上掲載誌も買っています。コミックスももちろん。気に入ったものは長続きするものも少なくなく、「監獄学園」なんか1から見ています。というか、ドラゴンボールなんかも1から見ていますがね。気に入ったものは掲載誌ごと取っておくので山積みですがー笑)、当初よりある程度人気は出てくるだろうとは思っていました。

 ただ道のりは遠く、当初は見る人だけ見るというような感じがありました。表紙はいい感じで作っていてもっと売れていてもいいのに、と正直に思っていた時もありました。それが今やヤングジャンプの筆頭といっていいぐらいの人気漫画に(「テラフォーマーズ」、「キングダム」と合わせ、「東京喰種」は3大看板、また盛り返してきた「嘘喰い」も含め、4大看板にまで成長しました)。
 
 ここまでああだ、こうだ言われるほど勢いがついたかと思うと嬉しいです、正直。

 きちんと1から見ていれば今回の騒動は○○だとすぐにわかりそうなものですが、このところは補完しないとわからない人も増えたようなので気苦労するでしょう。言いたいんだけど言えないみたいな。

 それもずっと作中匂わしてきてはいたのですが、多くの人には唐突に絶望の彼方に終わりが告げられたように見えて、また展開的にもそのようなものであると見えたので余計に混乱をきたしてしまったようです。
 
 ただ一つの作品としての区切りと、それも含め、あれば良かったのですが、それだとあまり意味をなさないので、敢えてというべきでしょうか。ただここ最近は特に疾走感があり、うまくクライマックスに向けて流れていましたが、やや唐突感もありました。ドーン、ドーンと続く感じで。それが悪い方にも作用したようで、読者を混乱させもしたようですーこれで、ここで終わりなの?いきなりここで?と。この辺り、もっと丁寧にということも必要だったかもしれません。本来は余白を読み取る力があればなんてことはなかったのですが。

 少なくとも「東京喰種」というタイトルの漫画はここで終わりを告げました。ここまで盛り上げてくれたのもいい意味でキャラに味わいが出たからでもあり、また新規のアニメも大きくファンを増やしました。ジャンプに1回だけ載った「JOKER」でもまた別にファンがついたようで、それはそれ新たに知らせるということはまた別にこの作品を大きくするものにもなったかと思います。1から見ている私でも随分伸びたなと思っています。

 もともと大きなテーマがあった作品なのでどこかでそれをやるとは思っていましたが、それがここだったということです。見ていればピエロもなんでかは少しわかりますが(敢えてうまいことぶつけたのも?。ロマちゃんがいたことは偶然ではないですし)。よく見れば練られていますよー高槻先生はそうですし、トーカちゃんもそうですね、アキラさんもです。また文字でもなく、梟が2体いると示唆された回にご登場。漫画で出すところは出していますよーちょっぴり。

 たださすがに、何もなしにでに近い今回の騒動はやりすぎだったと思いますが。あってもなくてもこのような終わり方ならきっと結論は同じで騒動になっていたはずです。それほど唐突な終わり方でした。今回の18日が来るまで「マジで?自分の目で確かめるまでは」という人も多かったはず。それだけにこのような終わり方をしたのは残念です。

 ただ果報は寝て待て。

 それだけ付け加えるとしましょうか。
 

 
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category漫画

2000年もの君へ 進撃へ

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 いよいよ物語も佳境に入りつつあるのか、ついに「進撃の巨人」でも核心に入ってきました。別冊マガジン2014-4月号より。
 
  「まさか、そんなことが」
 
  にわ、にわかには信じがたい現状であった。軒下にいた住人達には或は見えていなかったか、王政側のそれとなく雰囲気を出した圧力もあったかもしれないーそれは彼らが圧力と思っていたというだけかもしれないが、当初、絶対の完璧なものを造ったと思われたそれは瞬く間にこぼれ落ちていった。それは本当にささいがことであったかもしれない。だが、状況は日増しに悪くなっていった。そう、異形の巨人の正体が分からない中、無謀とも思われた戦いを仕掛けた者たちがいた。その一方で依然として慢心した「これは正しい」という怨念にも似た執念からか執拗に食い下がった。
 
 「一部がほころんだところで問題ない」
 
 「根本的な結果には影響しない」
 
 壁の中の多くの人たちは囲われた時間の中にいた者も多かったかもしれない。だが、むさぼり喰われ、未曾有の巨人たちの進撃を受け、後退を余儀なくされた。「まさかまさか」の連続だったが、当人たちにはさして問題はなかったという意識とこのままいければという保身、そしてうまくすれば恩賞に預かれると本気で信じていたかもしれない。

 
 この世界の上級職、憲兵団であれ(駐屯兵団も当初は腐っていたー偽りの平和の中で。でも彼らは触れていくうちに頼もしい見方ともなったに見える)、第一憲兵であれ腐っていた。特に第一憲兵はこの世界の利害に、利権に深く関わっていた。彼らにとっては自分たちの利権を守ること、この壁の中の巨大な王政を守ることに実を費やしていたように見える。長であったサネスは確信犯だったかもしれない。


 本来、そうした職は、それは兵隊でもあれ、科学者でもあれ、医者でもあれ、学者、弁護士、芸術を強く趣向する者、建築家、自らを削るものにいそしむものであれ、パイロットや統治者たちでもあれ高い倫理を必要とする。それでないと本来、基盤となり得るものが根幹が揺らいだりしてしまうからだ。例えば、私たちは普段、意識する、しまいと多くのものに身をゆだねている。おわかりか?
 
 
 医者には身体を預けているし、まさかメスを自分のあらぬ方向に意図的に入れて殺そうとは普通思わないだろう。そこには言わずと知れた信頼が存在し、こうはしないだろうという予期のもとに身を委ねている。多くの人は科学者がまさかこの世界に害を与えるような兵器づくり、人類を滅ぼしかねないというものには自ずと制御されると期待される。

 
 学者や統治者たちが自分たちをあらぬ方向に持っていこうとしているとは通常思わない。それは尋常ならざる事態だ。どちらに真があるかは冷静に考えてみればわかるだろう。

 兵隊、軍隊であれば本来はより自ら律せる志が必要な場合が多い。彼らは他にはない武器をも扱えるだけに、それはある意味、そういうことは安易にはしないだろうという条件の下で認知してもいる。そのために特に縛りも多い。
 

 まさかおパイロットが自害しようと皆を巻き込むなんてことや、墜落するとは普段は思わないだろう。テロ対策にしても一定の安定は確保されているはずとも無条件に考えれる場合も多い。


 建築家もそうでおろそかになれば人命にも影響する。その意味で、高い倫理観は必要とするし、本来そうした上級職に限った者ではなく、多くの人たちも場合によってはそうした人たちと一時的に立場が同じようなことになりうる。
 
 床屋さんなんかもそうだし、まさか自分の喉元にとは思わないだろうし、多くの車を運転する者・列車などを運転する者たちも、命を預かる身でもある。そういう意味でもっと自覚も必要だろう。実はそうした区別なしに本来、何者かを問わずに生活しているだけでも規範を問われる。そういうことはしないであろうという前提の下に多くの人は生きてもいる。
 

 そうしたものがおろそかになれば当然社会派混乱するし、委縮もしてしまう。その中での行動は限られる。そんな中、

 
 そこに届くには遠い道のりかと思われていた。犠牲を苦にしない姿勢、守るためには、それは彼らにとっては正義だったかもしれない。許されざることだが。

 
 それは半ば絶望的な戦いに見えていたかもしれないーいや、まだ終わったわけではないが。でも、確実にとらえていった。奇声を浴びせる女型の巨人にも勇敢に立ち向かっていった。これは真実、その言葉の前に躊躇せずに。
 
 
 そして今、多く彼らはいよいよ近づこうとしている。2000年もの秘密を維持してこれたのはなぜか。彼らは恐らくここにいる人間の多くが操作されていると勘付いた。本当であるのであればこの世界では恐ろしいことが行われていた。そしてすべては真実という虚栄の繁栄の名の下に収束させようとしていたようにも見えた。ここにあることは真実、多くのものは疑わなかったかもしれん。そうすることが彼らには幸せでもあったのか。恐らくそう強調することで王政の安定の担保にしようとしていたのかもしれない。自分たちは表に出ずに。

 
 だが彼らには信念があった。男たちは、また世界に賭けようとする女たちも戦いを挑んだ。これらの巨悪を許さんとするがために。何が悪いのかすらもわからない者はいただろう。でも、くじけなかった。そして調査兵団は絶え間なく戦ってきた。そして今あらたに胸にする。


 「戦え」
 
 当初世界は遠かった。絶望的な戦いにも見えた。
 
 「何のために、真実はどこにあるのか」
 
 だが、やがてそれらの力は微力であったと思われたが、多くの者たちを巻き込んでいった。

「戦え」
 
 やがてそれは命題になっていったようにも思えた。
 
 玉砕覚悟でも向かって行った。無駄ではなかった。


 そこを守るためにその手を染めていたのか、サネスの独白はより惹きつけた。

 
 が、あることであれはもろくも崩れ去ったようにも見える。保身に走っていたかのように見えた者たちもさすがにその行動を問われるだろう、広く。日本はもとより世界も注視している。

 
 殺し合わずに人間の手で本来のある姿にと、既定路線となった長を帰る変え、長を据えるのであれば今しかないかもしれない。もはやこれはささいなことではない。多くの統治者にその力を見せつけたのだ。ある意味。本当の王家の末裔、ヒストリア。彼女はエレンとともに核となった。

 ここから人類の進撃は始まるか。
 
 王政という囲われた中の出来事に対し、

 「人類が初めて 巨人に勝利するであろう」ということの真意が見えてくるかもしれない(第3巻より)。今の時点ではやや言い過ぎか、それでもここに結集した力が流れを変えても来たのだろう。もちろん、多くの人に認知されていったことが大きかったが。
 
 
 ■王政には自浄能力がないとすれば、変える気がないのだとすればマネジメント能力が著しく乏しいということであろう。おとがめなしに、いや、寧ろ、彼らにやりたい放題やらせて中央の第一憲兵を抑えることすらしようとしていない。何でもありの世界なのか。新たに物語が進み、わかったことは彼らが技術をないがしろにしてきたことだ。にもかかわらず、あるかどうかも不明な幻想の中のそれにお金をこれからも注ぎ込もうとしているのか。

「彼らが守りたいのは人類ではなく、彼らの庭つきの家と地位だけだ」

「むしろ自分達の権利が脅かされるのならば その相手が巨人でなくとも人間であっても 区別なく排除する」

「王政にしてみれば人類の中には死んでも構わない者が多すぎる」

「王政にエレン託してはなりません」 

エルヴィンの悲壮な覚悟は父のためでもあった。

それに対し、サネスの告白は自らの正義をタダ主張するのみであった。もちろん、汚い中にも彼には彼なりの正義があった。

「正義のためだ!そう思えりゃすべてが楽だ!!自分がすごい人間になれたと思えて気分が高揚するだろ!?」

「俺はこの壁の安泰と・・・王を・・・信じている」

「俺達のやってきたことは・・・間違っていないと・・・」

「信じたい・・・けど・・・こんなに痛かったんだな」

それでもまだ気づかないのだとすれば、盲目的にというよりも確信犯だ。他のことなどどうでも良いのだろうか。それがための宣伝=広報も王政のためだった。少しでもキズを少なくしたいと。保身に走る王政はあまりにも強情だ。何事もなかったかのように、さも大したことではなかったように済ませたいのだろう。


遠く及ばない得体の知らない不明の猿・獣の巨人は不思議な力を持っているのか。獣の巨人は何のためにああしたのか。何のために来ようとしたりしていたのか。未だ目的が見えない。人間をも利用し、ただ蹂躙したいだけには思えない。笑えない話だ。自らのそれを補強するためならば何でもよかったのかもしれない。


今のままでは何も変わらないのであろうか。王政には期待できないのだとすれば。ダンケシェーン。王政にとってここまでの事態は初めての事であった。建国以来、今まで考え物しなかった初の不正な出来事であったー王政側はそう考えるだろう。外から変えようとする革命に対して。


余計なことをしてくれおって、と。ただし、それは自分のところの憲兵団、中央の第一憲兵に向けられた言葉ではなく、恐らく調査兵団に向けられた言葉かもしれない。根本的に考え方がずれている。自分たちの保身にしか目がないのか。それは世界が注視している中で恥ずべきことだが。ダンケシェーン■
 

〔テーマ:漫画の感想ジャンル:アニメ・コミック

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青少年健全育成条例改正について

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 さて、今、話題の青少年健全育成条例改正について。実は前々からこれは語っておかなければならないとは思っていましたが。
 
 
 本だけでも年に膨大な数を読みますが、恐らく限定して絞っても4桁は軽く超えると思いますが(マンガ、雑誌などはこの中には入れていませんが)、マンガなども結構見ているため、この問題はやはり見過ごせません。

 
 そもそもきちんとした議論もできていない状態の中で(「つまり何が対象となりうるか」についても含め)、極めて印象操作的なもので進められてきた経緯があります。
 
 
 諸外国の人が来てこれは「規制すべきだ」との声は一部にはあるものの、彼らはものの本質を見ていません。これは今回賛成に回ってしまった諸君らも同じです。そもそも一般にこれらの因果性は証明されてはおりません。

 
 明らかに印象により決められているようなところがあり、実は主要先進国では日本の凶悪性犯罪率は極めて少ないレベルであり、先進国の中では最も安全な国であると言えるのにもかかわらず、なぜかそうしたものを敵視する団体やフェミニスト、自称人権擁護派まどという所から、また親などで構成されるPTAなどや諸外国の日本への懸念(日本のそれはなっていないのではないかという)声などに押されて、そこに建前としてやたら「青少年」または「純血」思想のような保守的な大人が加わり、今のような流れになっています。
 
 
 が、実は厳しく規制しているはずのこれらの国の方が性犯罪率(それも強姦のような凶悪犯罪)が圧倒的に多いと言う事実だけを見ても彼らの主張の根拠がありません。隠せれば犯罪を抑えられると言うかのような思想ですが、要は「汚いものを見せたくないだけ」つまり、根本的に自分たちの多くが性交渉を経験したことがあるにもかかわらず、こうしたものを隠していこうとする風潮があります。
 
 
 もちろん、そうしたものを見せたくないという親の気持ちなどはわかります。ですが、そうしたものも入ってくる可能性もこの社会にはあるということも教えることも重要なことではないでしょうか?隠しているばかりでは解決策にはなりません。現実にあることですし。いくらかの歳になれば誰だって性に対して自然に興味を覚えます。そこへ行く過程をという意味ではわからなくはないのですが、今はより進んでいますし、固執しても実効性の有無は疑わしいです。それに社会的なコンセンサスというものも必要です。



 ちなみにG8での2000年頃の10万人辺りの強姦による犯罪率などは
 
 カナダ  78.08件 単純所持禁止 二次元禁止(アニメのような形も含めたもの)
 アメリカ 32.05件 単純所持禁止 二次元禁止(違憲判決が出されましたが)
 イギリス 16.23件 単純所持禁止
 フランス 14.36件 単純所持禁止
 ドイツ   9.12件 単純所持禁止
 ロシア   4.78件
 イタリア  4.05件 単純所持禁止
 日本    1.78件


 こんな形で断トツに低い数字です(殺人はもっと低く日本は0.~というレベルです。これも上記の国の中でも最も低い数字です)。その後、やや増えたり、横ばいになったり、減ったりもしていますが、日本がそれでも極めて低い数字なのは間違いありません。ちなみにデンマークはポルノを禁止していましたが、少し開放したら性犯罪率が実は減ったとされていますが、彼らに都合の悪いこうしたデータは発表されません。また一見、犯罪が多いように見えるのはひったくりや自転車泥棒、万引きといった軽犯罪が圧倒的に多いからでその分、検挙率はかなり下がりますが、凶悪犯罪に限ればかなり高い数字を維持しています。
 
 
 明らかな印象操作です。そもそも日本の犯罪率が多かったのはまだまともなポルノすらなかった時代であり、性に特別な響きがまだあった時代でした。そうしたものが逆に相対化され、開放されたからこそ実は全体的に見れば減ってきているという形は見えるのですが、なぜかそれを認めたがりません。規制しろという国の方が日本よりも性犯罪率が多いと言う事実を見ても実は全く説得力がなく、単なる印象論のレベルです。
 
 
 もしもポルノが影響が多大だというのなら今の時代が最も性犯罪率が高くてはなりませんが、実は凶悪犯罪などを見れば戦後最低レベルの水準です。凶悪事件ばかりクローズアップされるので悪い印象も与えますが(通り魔的な無差別犯罪が時折見られるようになったことも一要因かもしれません)。なぜそれなのにポルノのせいにされるのでしょうか?最も犯罪が多かった時期には発散装置としての役割も大きな本格的なポルノはありませんでした。これをどう説明する気でしょうか?
 
 
 青少年健全育成条例改正、これが波紋を起こしていますが、私は基本的には反対です。なぜかと言えばそこに(二次元に)まで定義を広げると、際限なく大きくなっていく要素もあり、例えばワンシーンあるだけで性に問題のあるマンガ、暴力マンガとされかねません。

 
 形態を分けるということも不可能ではありませんが、どこまでがという線引きが難しいです。実際にはボーイズラブのようにもう市場として定着して海外にも一定の認知があるようなものもありますし。何のためのマンガなのかということですが、本当に極端なものは分ければいいわけです。ただ、現実にはこうした形での同人誌が文化圏を支えてきた一面もあるという事実はあり、恐らく彼らはその辺りの認識は非常に乏しいです。それで一定の評価を出してマンガ家になった人もいますし、敢えてこちらで書く人もいます。そういう形での表現しかできないようなものもあります。

 
 基本的にマンガはストーリー性が強く、時には物語的にそうした要素が必要不可欠であり、ある意味で欠かすことはできません。そんなことまで規制させれば書きにくくなるどころか、変なところで煮詰まってしまう(これは描いても大丈夫なのかという不毛なレベルでの悩みに時間を割かれるようにもなりかねません。そんなことにでもなったら普通にはマンガは描きにくくなります。なぜそんなことすらもわからないのでしょうか?)、そんな場面も多く出てきてしまう可能性は高いです。
 

 そもそも二次元は想像の媒介であり、実在するものではありません。そこに被害感覚を入れていく意味がわかりません。もちろん、悪質なという意味での言わんとしているようなことはわかります。ですが、果たしてではそれを描いている彼らは犯罪を誘発しているのでしょうか?犯罪を誘引しているのでしょうか?想像だからこそ敢えてそこで描いているのではないでしょうか?例えばレイプ場面を描いているからレイプを奨励しているのでしょうか?いささか強引すぎます。
 
 
 これは文学でもありましたし、映画でもありましたが、敢えてエロティズムを特化することにより、昇華してみるという形は常に見られました。もちろん、憂き目に会った人もいますが、サドやバタイユなどらも全く価値なしと見ている人の方が少ないのではないでしょうか。少なくとも彼らの芸術的価値は認められています。
 
 
 想像ですらも描くことがダメだというのなら表現媒体の自殺にも等しい行為です。そもそもそうしたものがいけないということは誰が教えるのでしょうか?学校でも行き過ぎた性器のようなものだと猛烈な反対をした多くの保守的な人たちがいましたが、学校でもきちんと教えない、家庭はそうしたものは見せないようにするーほぼノータッチ、社会は規制?きちんと教えていないと一方では言う。おいおい、それでは誰が子どもに性教育をするのか!
 
 
 子どもが正しい知識を持つ前に、とよく語られますが、現実にはきちんとした形では教えたがらない中でそうしたこともあまり説得力がありません(きちんと教えているのならまだしも)。そもそも、子どもを無垢なものとして見るのはあまりにもその認識能力を低く見過ぎています。時折、事件やらが起きるとそこばかりクローズアップされますが、実際には健全な人間の方が多数なわけです。
 
 
 学校で問題なのはその囲い込みであり、閉鎖的ないささか息苦しさも時にはあるという空間です。性犯罪や犯罪うんぬんを語る前に実はもっと根本的なこの辺りから考えなくてはいけないのですが(学校の、という枠内で語られてしまうので)、実際には多くは語られじまいです。教師という立場も相対的に低く見られてきている中、他者も交えての空間というものはより大事になってきていますが、果たしてそうしたものを提供する場が地域には多くあるでしょうか?閉鎖空間の中ゆえによりいじめなどの問題もまた出てきやすいく時に深刻化しやすいのです。
 
 
 マンガはこれまでそうしたことを間接的に教えるような面もあり、特に少女マンガにはその傾向が多く見られました。青年マンガにもきちんと扱っているものも多いです。そもそも年頃の子は多かれ少なかれそうした話題には触れます。それを隠しているような状態だけでは何の解決にもならないということです。
 
 
 そもそもこれらの動きには現状の風潮をよく思わない者たちによる道徳的・教訓的訓戒のような匂いも感じます。しかし、私は性がタブーではなくなったと言うことは寧ろ良かったとは思っています。寧ろ、そうしたものを見せないようにしていた時代の方が息苦しさはありました。でもしているところではみんなしていたわけですから、それが普通に話せる状況になったということは寧ろ前向きに考えて良いことですが、それを好ましく思わない者たちもいるということです。 
 
 
 ちなみにこうした形の規制で逆説的に価値を高めてしまい、趣向性に聖化をあたえてしまった大失敗の経験が日本にはありますが、そうした方向性が時に誤った形にも行くという可能性も否定できません。私はゆるやかな形を保ちつつも、オープン化することにより、一定の結構な抑制は可能と見ていますが(ここでは詳細は省きますが)。残念ながらただ隠す方向性ばかりで進められているのが非常に残念です(少なくともこうしたものは一定度開放していたっ方がリスクは実は逆に少なく相対化できるので特別な意味を込めるものでなくすれば効果は見られます。残念ながら逆の方へと軸足が向かっています)。
 
 
 少年犯罪が多いとのイメージは付き纏いますが、こちらもそのものの数が急激に増えているわけではありません。こちらも時に印象論で語られがちですが。

 
 そもそも置いてあることで犯罪を誘発するとは何を根拠に言っているのか意味がわかりません。偶然性という意味では例えばテレビのチャンネルを変えてたまたまエッチなものが出ていたり、映画などでも全く無関係だと思っていたらそうしたシーンが出てくるという場合だってあるわけです。マンガやいわゆるポルノに近いような形のものでなくとも実際には街でミニスカートの女の子たちとすれ違ったりすることも普通にあるわけです。そもそも規制しようとする側の根拠は全く薄弱なものであり、規制することによって犯罪抑止できるということは既に抑制している国の方が抑止できていないのですから説得力がありません。
 
 
 そもそもの動物的な本能とでも言うべき自然な性の欲求を甘く見ています。一定の確率で発散した方がためこみませんし、自然な要求ですのでそれを処理できるのであれば処理できる間接的なものがない方が今では不自然です。実際ポルノがなかった頃に比べ、大幅に性犯罪率が減っていることが見れるのは事実です。なぜ、そこに目を向けないのでしょうか?そもそものこうしたものに対する彼らの意識にはどこか後ろめたさを感じます。と同時に残念ながらこうした仕事についている人たちへの差別的な意識もどこかに感じます。汚いものという印象が強いのでしょうか。
 
 
 こうした仕事を誇りを持っている人たちもいますし(そうしたことに関連する人たちは身体を、自分を売るかわいそうな人たちーなぜかそうした憐憫の目で見られてしまう場合も多いですが)、そもそも今ではそうしたものがなくては難しい人もいます(恋愛ができなかったり、男・女の人と話すのが苦手だったり、妊娠中で奥さんとできずにたまってしまっている男性だったり、相手を気遣って回数を減らすために自分で処理したり、もちろん、女の人だって見る人は見ます)。
 
 
 あまりにも稚拙な動きに見えます。最初から結論ありきの方策で持っていっており、きちんと考え抜いたというものが見られません。最初から規制したいと言う魂胆が見え見えでした。それだけにそれに乗っかってしまったというのは残念です。マンガにはそうした場面は不可欠です。時には物語上そうしたものを描かなくてはいけない時は必然的に出てきます。そこを乗り越えるという意味でも敢えて書く作家さんたちも多いです。そもそもそうしたものには抜きに(時には敢えて暴力を描くことにより)描き切れるものではありません。表現者を無視しての決め付けはやはり疑問に思わざるを得ません。
 
 
 まだまだ書けますが、長くなってしまうのでこの辺で。ついつい、熱くなってしまいました。
 
 人気ブログランキングへ表現形態に確実に影響を与えかねないような規制なら反対です。残念ながらまともな論議すらできていない状況の中、進められているようでは先行きは危ういです。そもそもどこまで考えているのか疑問に思うことも少なくありません。これでは前と大して違いはありません。
 
 
 

〔テーマ:気になるニュースジャンル:ニュース

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ワンピースが今熱い!ONE PIECE物凄い展開が続いています。 ネタバレほどほどに

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 ジャンプで連載されているワンピースが今、凄い緊迫感があり、とても面白いですね。近年では、ジャンプではなかなかここまで緊迫した状態のものはそう記憶にありません(ナルトやハンターハンター、トリコなどもいい展開で読ませる展開になっていますが、この長い緊張感のレベルではデスノート(Lとライトとのクライマックス編、ニアとライト<キラ>とのクライマックス編くらいだと思います)。
 
 
 正直、ここのところの展開は物語が大きく動いていて、後の話の核ともなるだけにさすがに丁寧にしっかりと描いています。「まさか」という展開の連続なので、見ていてもあきないですし、正直毎週続きが気になってしまうくらい今はとても面白いです。
 
 
 黒ひげがここにやってくるというのはわかっていましたが、黒ひげの登場でさらに困惑した展開が続いています。三大将のサカスギはここにきて物凄いインパクトと目的のためなら手段を選ばない冷徹さを見せ、存在感が際立っています。黒ひげは実際の海賊時代においても最強の名を持っていたので、今後ますます強くなりそうです(個人的には話的に赤髪シャンクスが黒ひげを後の展開で後に追うという展開は考えられそうですが)。
 
 黄猿が最近出てきませんが、それにしてもさすがに海軍の、世界政府の最高戦力と呼ばれるだけあり、青雉、赤犬、合わせ凄まじく強いです。赤犬の猛追でルフィ危うしという展開が続いています。
 
 
 それとなく~というのは聞いていましたが、まさか本当に出てくるとは。今週号が楽しみです。どうしても今週号の578話をみたいという人はもう既に話の内容がジャンプの画入りで出てしまっているので、ネタバレを気にしないようならYouTubeなどで今週号のワンピースがほとんどそちらに出ていますので見ようと思えば見れてしまいます。ちなみに今週号は土曜日に発売です。
 
 
 それにしてもここ最近のワンピースのネタバレには酷いものがあります(いや、個人的にはこういう予想やネタバレ的なものも限度を踏まえればありだとは思いますが)。そっくりそのまま流してしまうとなると営業妨害にもなりかねませんので(ジャンプの)、また著作権の侵害と判断される可能性が高いのでかなり微妙な線です。
 
 
 これもネットという環境がここまで発達したためで、かつてならここまでのことはまずありませんでした。状況的に見るとジャンプが早く出るところもあるので(ただし、それよりもかなり前に出てしまっていることを考えると、かなり絞られます)、一概には言えませんが、それでも何日も前に出てしまうということは普通に考えて、販売日前に手にすることができたものと言うことで、流通過程の人間か、印刷所関連の人間か、たまたま手にした者、関係者などに絞られますが、関係者には先に流すメリットは特にないので、それだけで絞り込めてしまいます。
 
 
 まあ、それだけ少しでも先に読みたいという人がいるということで、面白い内容が続いているというわけでもありますが、ジャンプで読むということを前提にして書いている作者側サイドなどからして見れば状況は違って見えもするでしょうし、かと言って全てを抑え込むというのも難しいので、実際には難しい面もあります。
 
 
 予想などはあって当然のものですし、それはそれで議論して楽しめるのでいいのですが、この時代では全体的なバランスとその兼ね合いが難しいです。中にはジャンプが待ち遠しいという人も多いと思いますので。
 
 
  人気ブログランキングへ←ワンピースが今熱い!目を離せない展開が続いています。
 

〔テーマ:その他ジャンル:その他

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