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M1絡みお笑いへの苦言

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 先日、笑い飯の優勝で締めとなったM1。個人的には勝たせてあげたかったという気持ちも凄くわかりますし、お笑いに対してがんばっていたということもわかりますが、だからこそなおのこと語るべきことはあります。
 
 
 どんな形であれ、優勝は素直に嬉しかった、それは事実でしょう。けれど腑に落ちなかった面があったのも事実。もやもやした人が多かったのもまた事実。サンドイッチマンの時はこういうのも良いなと思えるものでしたが(チュートリアル、アンタッチャブル、ブラックマヨネーズなど豪華なメンツも過去に出していますが)。昔はある意味ギラつきを感じさせる切れのある芸人たちが多く出ていましたが、より大会の規模、名が大きくなるにつれて緊張と言うか、萎縮するような場面も感じられました。
  
 
 また優勝しても1年と言う限りがあり(ある意味、M1王者というサイクルの消費は早くなりました)、その分、1年で結果を出せないとやや辛いものもあります。次に興味が行ってしまうのと、必ずしも優勝者に注目が集まるだけではなく、準優勝者や出てきて目立った人などにもスポットライトが浴びるようになったのも変化です。

 
 本当に何かを変えたいのであればまずそこだけでではなく、現在の自分が置かれている場において変えるということを努力してみるべきです。


 ~はどうとはいちいち言いませんが、少なくとも1年に1回ということでその大会での勝負ということを前提に考えるならばアドバンテージがあるということ自体、納得はいきません。鳥人を彷彿させるようなネタは明らかに前年のアドバンテージであり、昨年勝ち上がって残っていたからこそというのはわかりますが、それでも1年1年勝負ということを考えれば、「鳥人じゃん」と思わせるネタはその時点で前年度のイメージも合わせたものであり他にはないアドバンテージということで望ましいものではありませんでした(ああしたものも嫌いではありませんが)。
 
 
 一般審査なら通常、大きな大会でそこに賭けるというのなら同じ形のものはそうは持ってこないばかりか、それに他のものよりもアドバンテージがあるのなら他のものにさせたりすることもあります。同じ条件での勝負というのなら「それ鳥人じゃん、去年とかぶってるじゃん。それじゃ、あまり変わらないので今のなしでもう一つ頼む」という言葉が聞きたかったところ。
 
 
 しかも毎年のように出ていることもあり、こういう形でということが審査員にもかなり浸透しているような状況の中ではなおのことフェアにという意味でもそれがオーケーということでやや違和感を覚えました。恐らく他のコンビなどだったらもっとダメだしされていてもおかしくはない状況でした。どこかでなあなあな雰囲気も感じられました。
 
 
 そうしたこともアドバンテージも含め、約10年分の記憶も上乗せされているということも考えればやはり「そこは違うネタにして」と誰か言うべきだったかもしれません(前の流れでというものも好きには好きですが、それとこれとはまた話は別です)。
 
 
 「優勝おめでとう」とは言いたいものの、複雑な心境であることも事実です。まあ、そこで10年もやってきたからな、という気持ちもないではないですが。功労の意味もあろうが優勝は優勝ですので「おめでとう」という言葉は語っておきますが。
 
 
 よくお笑いに関して(もちろんそれだけでなく)素人が口出しするなとか、素人に何がわかるというものがありますが、もし本気で言っているのならお笑いに関する感度が低いので言わんとしていることすらも理解できないようならどのような立場であろうが一から出直してきた方が良いです。ましてや見るということや映すということに敏感であるのならなおのこと。
 
 
 お笑いというものはもとより大衆性のあるものであり、娯楽も含めた奥行きのあるものでもあります。見る、見られる、笑わす、笑われる、場を和ませる、時にはシリアスに風刺も込めて、感情豊かに、場の空気の中で醸成されるものを大切にして、というものなどまだまだもありますが、基本的に観客ー見る人抜きには成り立ちがたいものです。
 
 
 それはいかようにこらしてみてもそうです。もちろん、惰性的に迎合する必要はありませんが、観客にこびる様なものも一方では多く見られ、そうしたものを毛嫌いする人たちもいますが、玄人好みのお笑いは存在するものの、玄人のみの笑いというものは存在しません。そもそも見る、見られるということを前提にしているお笑いならばなおのこと。
 
 
 わかるやつにわかればという時、そこを混同している人たちも多く見られます。それはともすると独りよがりな結果にもなります。いかに練ろうとも結局は観客を抜きにしたお笑いというものは成り立たないわけです。どうしてもやりたいというのなら仲間内で知らせることなくそっとやるくらいです。ただし、それはお笑いと言えるかは微妙ですが。見る、見られるということを想定しないお笑いはそもそも成り立たないのです。
 
 
 自らの立場を高めるために、「俺は一般人と別だ」、「わかるわけがない」、「わかるやつにしかわからない」、「お笑いの本質は~」などと語って差異化することはよくありますが、本当にいいものであるのならより人を惹きつけます。何が面白いか、面白く感じられるかは人それぞれの感性というものや環境面の違いありますのでなどもありますので、はかることは難しいですが良くも悪くも人を惹きつけるものというものは存在します。それでもなおかつ、そこに一定数に達しない何かがあるのならそれは何かが足らないということです。それを「~はダメだ」と言って片付けてしまうようでは何の解決にもなりません(お笑いに限らずそれを全体の土壌レベルで本気で突き動かすくらいのことを考えているのならば話は別ですが、それはまた別次元の話であり、殺されるくらいの覚悟がないとできないものです。それこそ並大抵の人間にはできません。そういう人間はなかなか表舞台には出てきません)。
 
 
 何かが足らないからこそ一般化し得ないわけです(そうした場合、自分たちには今何が足りないのかということを考えることも大事です)。お笑いに合わせて言うのなら大ブレイクしないわけです。

 
 つまり、いかに観客に迎合はしないとは言ったとしても見る側がいなければ成り立たず、それによって支えられている存在でもあるのでその存在を否定するような言葉は「素人が口出しするなとか、素人に何がわかる」という言葉は実は自らを殺す言葉でもあり、芸人(芸に携わる人間ー広義的な意味での)である立場からは語れない言葉であり、芸人の死を意味します。
 
 
 そんなこともわからないで平気でそうした言葉を時に感情にまかせて語っている者たちがいるのなら即刻舞台から去りなさいと言いたくなります。少なくともそれがわからないで語っているようなら一から出直してきた方が良いです。根本から叩き直すためにも。
 
 
 そもそもお笑いなどそうしたものをやる際に何かの見栄が全くないと言ったら嘘になるかと思いますが、そうしたことも含め、見る、見せるという行為の結果には含まれてきます。つまり、そうした中にさえ一般的な多くの人たちが土台になっているのであり、この時点で「~はわからない」などと言うような消し去るような考えはできないということです。消すも何もそうしたところにさえ密接に結びついているわけです。
 
 
 であるのなら、双方が互いに良き刺激とし合えるように、いい意味で相乗効果を生み、新たに作り出すことが可能というような空間の醸成を目指すべきであり、狭い視野に囚われるべきではありません。願わくばそうしたものが多くあらんことを期待していますが。
 
  人気ブログランキングへいい意味で相乗効果を生み出すような新しい場が少しでも増えれば、と願っています。


 
 
 
 
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categoryお笑い

M1 10年間がんばりましたで賞は最悪

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 フィギュアのついでに見ていたくらいですが、お笑いのM1も見ました(フィギュアはフィギュアでまた別に語るかもしれません)。年々つまらなくなっていくM1。特に全体的にここ数年のレベルの低下は著しい。
 
 
 今年で最後と言うことで、よもや10年間がんばりましたで賞はないかと思っていましたが、どこかでいやな予感はありました。

 
 最後にあいつらに獲らせてやろう的な空気が感じられたからです。今回突き抜けて面白いということもなく、特に爆笑ものでもなかった笑い飯が何と10年間がんばりましたで賞を受賞し、M1は私が考えていた中では最悪の終わり方に(安定というのはお笑いにはあまり望ましくない言葉です)。そこまで面白くなかったでしょう、今回は!昨年よりもつまらなかったと感じましたが。スリムクラブは思いのほか良かったですが。パンクは最初のネタはなかなか面白かったですが、あれが2発あれば、、、(なぜに~という感じはありますが、最初がイケていたのでまた行こうと思ったのか、それとも、、、)。

 
 まあ、近年マンネリ化していたのは事実でつまらなくなってきていたのも確かなので妥当な時期ですが、それにしても・・・。漫才に対して彼らの意識がが勢い込んでいるからこそ、敢えて与えないという厳しい温情を与える選択肢の方が私は面白かったですが(「10年間がんばったけど、でもおしかったな」と。でもそれの方がお前ららしいという余裕が言えるくらいであったのならまだ良かったですが)。結局変えるにはとは言いつつも何だかんだとM1のようなものに頼ってしまうその中途半端さも残念です(個人的にはそこまで嫌いではないのですが、インパクトはもうありませんね、それだけに難しいですが)。
 
 
 同じ形であれば、とは言うものの、そもそもそこに出ている時点で条件は同じのはず。後は面白いか面白くないかだけ。それもまた漫才。あれはあれで(スリムクラブのようなものは)ありですが。ただパンクのかぶりと言い、笑い飯もまた抜けているとはいい難く、スリムクラブも漫才ではというのなら決め兼ねるなら受賞者なしという形の異例の形で終わっても良かったのでは。

 
 この辺りに温情を与えているようではお笑いの未来も先が知れています。少なくとも今回のものはそう見えてしまうのは確かですね。もし、当初のM1の意義を考え、そこに焦点をあてるのなら最も長く出場し続け、決勝の常連でもある笑い飯が今回も決勝に残り、10年間がんばりましたが、届きませんでした。これだけ出場しているのに、そして勝ち上がっているのに、こっちの方がお笑いとしてはもっともっとおいしいはずですが。ここまできたら獲らない方がお笑い的にはいけていたのですが(M1に選んでいたとすれば確かに今年ではなかったはず!)。
 
 
 この辺りのセンスのなさも、ここ近年の低調ぶりを見る気がしました。M1の存在は大きかったですが、個人的には何年か前くらいまでで後は宣伝もののように感じられてしまったのが痛かったところです。今回で本当に役目を終えましたね。お笑いを中途半端な出し物にするくらいならやらない方がマシです。全体的にはやはりレベルは下がってきていますし。
 
 
 私がお笑いなら明らかに「長くこれに賭けて出場し、決勝の常連でもある笑い飯が今回も決勝に残り、この10年間がんばりましたが、届きませんでした」「くやしいです」それをネタにお笑いに変えて見せる、こちらの方が立場的にはおいしいですけど。M1優勝するとどっと仕事が増えるとは聞いていますが、お笑いのそれを忘れての宣伝重視なら個人的にはいらないです。
 
 
 全体的なレベルがマンネリ化して落ちていたのは事実。優勝うんぬんよりそのことの方が痛かった。まあ終わるべくして終わったな的な感じがしてしまったM1でした。合掌。
 
 
 人気ブログランキングへ終わるべくして終わったな的な感じがしてしまったM1に合掌。

 

〔テーマ:M1グランプリジャンル:お笑い

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