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category政治・経済

維新家庭条例案ありえぬもの含む

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 大阪維新の会の大阪市議団の家庭教育支援条例案を原案にこれまたまずありえない見解の「乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因」との文がありました。
 
 
 これは少し知っている人でもわかることですが、基本的にありえぬ見解です。親の愛情不足が発達障害の原因など誰に習ったのか、どんだけまともな知識がないのか、思いつきで書いているのかと思わざるを得ないものでした。保護者の保育士・幼稚園教諭体験もまたこれは無理やりな話です。強制する権利など府の長にも市の長にも、議員にもありません。もちろん、理不尽な要求も多く、身をもって知ることでということはどこかにあったのかもしれませんが。
 
 
 一般に日本では認知がまだまだ追いついていない状態で、理解されない面も多々ありますが(それが何かもわからず、子どもがいたずらに騒いでいると思い、どなりつける人などもいるくらいですので)、欧米では既に多数の人数の障害を認識しています(何万人レベルではなく、はるかに大きな規模で)。つまり多くの人がなるものとして自覚症状もなしにということも含め、見ています。もちろん、愛情不足ではなく、一つの病気として(正確に言えば先天的な障害ですーただ療法が必要な場合もあり、広義的な意味合いではその範疇に入ります。長くというこよも踏まえれば、いかに付き合っていくかということも大事で、それを自らの特徴として受け入れ、敢えて社会的な弱者としてではなく、自らも権利ある者として積極的に価値を認めている人たちもいます。これは何もこれだけに限らず、聾唖などでもプラスに捉えて生きている人たちも多いです)。
 
 
 ただ、これは慣れていくことで、訓練してゆくことで一定の状況改善は可能ですし、全くもって社会生活が営めないほどでもありません。現にそれで生活している人も多いです。
 
 
 今もこれで苦しんでいる家族、悩んでいる家族、個人も多いです。どうすれば、といろいろ考えている人もいます。特殊な何かではなく、多くの人がなり得るものであり、また一般に少し問題児だと思われてしまう厄介な面もあります(それはこれを作ったと思われる議員たちと同様に何も実態をわかっていないからです。そのため、直接的原因をそこに、対象者に、その周囲に求めてしまいます)。

 
 まさかこんなものを出してくるとは非常に驚きました。また伝統的愛育とは何を示すのか根拠すらも不明で、思いつきレベルです。これがまさか原題とはお粗末極まりないです。
 
 
 橋下市長含め(知事時代も含め)、維新は意図的にやることも多いですが、全然違うものもあり、例えば昔の戦時中の律は勘違いされていますが、あそこまでそろってというようなことはないです。それはただ妄想も重なってそうだろう的な思いも込められているかと思います。意外と律する中にも自由はそれでも担保され、今思うほどには強くはなかったのです。
 
 
 当時、先に天皇というものがあり、絶対的なものはあったものの、現実との関わりにおいてなぜに天皇がここに結びつくのか、わからなかったという方も多いようです。一群に見えていたようで内実はそうでもなかったのです。染まりきっていたというのも誤解です(ただしそれがなかったわけではありません。戦いにおいては生き残るということも、敢えてとその身をということも含め、両極存在していました。~はと思い込まされていた面もあったかと思います)。なぜか美化する人間も多いですが、美化するほどにはまとまってはいませんでした。
 
 
 なぜかあの時代を極端に美しいもの、団結していたものとして見る向きがありますが、決して一枚岩ではなかったのは海軍・陸軍、軍部のいざこざを見てもわかる話です。結局、統一性をもってまとめることができなかった、先を見通す戦略性のなさ、これらが痛かったわけですが、なんとなしに醸成されていたものに呑まれていた、憑かれていたような、そんな感じもまた。
 
 
 その辺り、保守も左派も間違って認識している人も多いですが。それでも国を想う心は確かにありました(一部、それが郷土愛となり、その貧弱な暮らしに憤慨して何とかせねばという意味で逆の想いを強くし、国を危うくしましたが、結果的に。純な人間も多かったゆえに逆にそれがゆえに危うくもしました)。ただ全体をではなしに、まず目の前の問題ありきで、これはいかにから。それらがなし崩し的に大きくなり、止められぬものに。~のためにはという極論にも。
 
 
 結果としてやむ得ざるものという認識の先行と同時に回避も模索しつつ、八方塞がりに。先軍として勝手に暴れ馬となり、暴走に引きずられる形になった結果、後にも引けなくなっていましたがーただ中には中央もそうした大半の考えでということもあり、必ずしも完全な独断でと言い切れるものでもありませんでしたが、結果として先走った形でした(あの局面での彼らの引けぬ鬩ぎ合いは長い目で見れば大きく国の方向性をも左右してしまいましたが)。明らかに統制不足でもありました。また先の展開もうまくは見通せませんでした。行けるところまで、そんなもので。
 
 
 思うに何を見出そうが、先の大戦でものの見事に玉砕してしまったのは事実ですし、力量を見誤っていたものが多くいたのも事実です。また戦後、幾たびの変遷はありつつ、アメリカ式のそれを受け入れ、順応したのも(変えるという意志を持って変えたものではなく、大きく変わったかのように)。ただ、そこに至る本質はそう多くは変わりませんでしたが(それは今なお根深いものとして残っていて、ところどころに顔を出しています)。それがゆえに問題ははるかに根深いのですが。
 
 
 そうしたものが(我が物顔で)もたげるということはまだまだだということです。話が少し反れてしまいましたが、あの条例では白紙になるのも当然でしょう。もう一度発達障害からきちんと勉強し直す必要があります。明日からでも勉強して欲しいものです。
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〔テーマ:ニュースジャンル:ニュース

 
「呼び捨てされ激怒」の橋下市長に反論 小林よしのり氏「常軌を逸してないか?」
http://www.j-cast.com/2012/05/01130942.html









        
 
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 大阪維新の会の大阪市議団の家庭教育支援条例案を原案にこれまたまずありえない見解の「乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因」との文がありました。   これは少し知っている人でもわかることですが、基本的にありえぬ見...
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