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佐村河内守という男 なぜもてはやされた!

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 昨今、クラシック業界で異例の大ヒットを飛ばしていたとされる佐村河内守氏、残念ながら私は近年、ほとんどテレビにも音楽にも触れていなかったため(テレビは必要最低限度しか見ませんし、長く見てもスポーツの試合くらい、他たまにニュース、時折「なんでも鑑定団」を楽しみにするくらいで、普段は1時間も見ません。)、知りませんでした。クラシックは好きでしたし、ポップやロック、ジャズ系も好きでしたが。
 
 
 驚いた。まさか、こんなうさんくさい人物がやれ「現代のベートーベン」などともてはやされていたとは。正直、音楽も深く愛してはいるが怒りで赤文字になる!

 何が現代のベートーベンだ!耳が聞こえない?それで曲に携わっていたと見られていたからか、今日までーふざけるな!!!!!!!!!!音楽にその身をささげた偉大な作曲家をなめるんじゃない。安易に使う名、ボケ!

 音楽に携わってきたと見られていたが、作曲はほとんど新垣氏がやっていたとのことーというか有名になってというのもすべてそうで18年前というとほぼ全てですね、クラシック系も、ゲーム音楽も。しかも楽譜も読めない、実際には作曲もできない、なんなんだと。作曲家を名乗っていただと、これで。経歴も彼のをそのまま自分のものの経歴であるかのようにしたとのこと。

 なんなんだ、こいつは

               なんなんだ、こいつは

 

 私は正直、恐ろしい。こんなのがもてはやされ、膨大に売れ続けていたとは。そのお金はどこへ?音楽にしてもちらっと聞いただけで名曲とは言えないし、そもそも偉大な作曲家たちと並べて語るのすらおこがましい。つぎはぎだらけの、もっともらしくそれなりの曲をこしらえてきたという印象だー初めて聞きましたが。ただ、もともと音楽関連の人のものゆえ少なくとも聴けるレベルにはある。悪くはないが(本音を言うと、と思わざるを得ないので気が引けています。ただ)、特段絶賛するほどのものでないことは確かだが。全聾がということがなければこれほど取り上げられることも売れることもなかったろう。利用したくはないと言いつつ、そうと見越して利用してきたようにしか思えない。


 音楽を知っている人ならわかる人はすぐにわかる。これがNHKに大々的に取り上げられ、何年ももてはやされてきたということの方が驚きで、それにうずを巻いて取り巻いてしまう多くの聴衆たち、昔のあれを思い起こさせる(それはNHKダメダメになるわー上の顔色を窺ってーそんな気概で公共放送か)。少し状況は似ているなと。ただし、あちらは本物。それを大々的に利用し、自らの抑揚と拡大に利用してきたのだが。それがために時折、今でも残念な扱いを受けることも、不本意ながらーこうした扱われ方は正直、悲しい。何かのために(例えば経済のために他は目をつぶって)、何かを犠牲にしてはいないかい。気づけば手遅れにということはよくあるー着々と進行してゆく中で。
 
 
 それにしてもドキュメンタリー作りで定評のあるNHKがある意味、詐称というか、大きなそれに取り込まれ、もてはやし、持ち上げた責任は重い。こうしたことがなければフィギュアの高橋選手側も楽曲を使わなかったろうに。ドキュメンタリーで作曲家でないのにスペシャルまで組んでしまうとは。それはグタグタになるわ、NHK。

 
 こういう時はよっぽど目をこしらえて見ないといけない。世相はその取り巻く状況をあらわすこともあるからだ。今の日本を取り巻く状況はどうだろうか。ある時、バランスを崩せばもろくも幻想は崩れる。それは好調のように見えていてもだ、そういう時はふとしたタイミングでやってくる。

 
 褒めたたえていた作家らや業界人、持ち上げていたマスコミやのめり込んでしまった人たち。冷静になっていたのか。仮に全聾ということでなければここまで取り上げられなかっただろうし、別格視されることもなかったろう。私は幾人も全聾、全盲の人らとも対峙したことがあるが、少し流れているものを見ても不自然に見えたーそのようには見えず、反応していたので。全聾ということも話題作りで作られたものであるなら大問題だ。しかも障害者向けの不正受給の可能性がある。手帳を持っていれば。

 
 ■手帳はなぜか持っていないとのことー表向きはそうなっていたらしい、拒否していたという名目らしい。おかしな話だ。持っていて不便になることはないどころか、普通に必要だろうに、いろいろと。全聾ではないー聴こえるとばれと思ったからでは。そもそも障害者と思われると思って拒否というのがおかしい。音楽の売り出し方と合っていない。明らかに聴こえないことを強調して出していた。その都度、くどいくらいに。持っていたとしたら、当然不正受給が疑われる、明らかにおかしいので。不正受給ともなればいろいろと視野に入れなければならなくなるがーそうなるともう偽作曲家とかいう問題だけではなしに、より深刻だーしかもそれで食ってきたのでー実質的に■

 
 新垣氏と佐村河内守氏とは普通に会話してやり取りしていたとのこと。おかしな話だ。

全聾唖なら


 正直、見た目で区別する気はないものの、なぜこんなに恰好つけているのだと思ってしまうし、ますますうさんくさく見える。音楽は環境が大きくものを言うのは確かだが、偽わりのものだとしたら大きな反省が必要だろう、みな。当人は不正受給の可能性があるのでそれは別件で。プラスのイメージを持っている人も少なくない、聾唖に関しては。そういう人たちはこのように敢えて美談化はせず、一般の人と同じように扱われることを望むことも多い。ましてや闇などという表現はまず使わないことも明記しておこう。ただ、聾唖のこうした人っちの+面での寧ろ良いという形での転換が全てが全て=で見るというのも私は少し違うとは思うが(否定的に見ているわけではなく、客観的に見て)。まあそれはそれとして、


 彼の言葉を少し載せておこうか。



「闇の中で作り上げた闇の音。闇が深ければ深いほど、小さな光が大きく輝く。

 誰の心の中にも闇はあると思いますが、私の音楽が聴いてくださる方の希望の光となることを祈っています」



「私は《交響曲第一番》の完成を目前としながら、悶絶する日々を送らねばなりませんでした。発汗や嘔吐を伴う硬直のあと、激しい全身痙攣が起こり、発作が長引けば気絶してしまうこともありました」



「自分でつくった曲の演奏を聞けないのは最も悲しい。でも、私は自分のためではなくみなさんが幸せになれるように曲を書いているのです」



「『HIROSHIMA』を作曲した時よりも命がけだった。 闇の中の小さな光を、希望を感じてもらいたい気持ちだった」



「耳が全く聞こえなくなって、内側からしか音を見出せなくなって、そのとき初めて自分流の、必然的に内側でしか生まれてこない作曲法を見つけたときに、これは自分にとって真実の音だろうと思ったんです」


 本当にその中にいる者であればこんな言葉は安易には語らないし、その苦労は言葉で表現しきれない。言葉もまたとってつけたような印象しかない。よくもまあこんな言葉が出てくること。つくづくその印象は首をかしげざるを得ない。見え見えじゃないか。イメージだけならそれは作曲家とは到底言えず、間接的に協力した協力者的な立ち位置でしかない。真実はいかに。より過酷な実態であることもありえる。

 
 確かに昔からこうしたものはよくあるが、交響曲は基本1人で描くからこそのものではある。協力者的な立ち位置でしかないのに、共同制作というのもおこがましいのではないか。少なくともそこも問題だ。このような形になったからにはそれすらも難しい。結果、全聾の作曲家が自ら作った作曲というものそのものがフィクションに、作られたうそのストーリーになるわけだから。ともに名前を付ければいいという話も違うと思うし、そういうことにももうならないだろう、さすがに。音楽はそれだけではなく、意味合いは時に音だけではなく、そうしたものでも大きく変わりうるものでもあるということー音楽だけの力というよりもプロデュース力の方がものをいう時代に。それだけに抜きにしては語れない。少なくとも、


 どこが作曲家だ?


 と思ってしまう。彼が、本当に音楽をこよなく愛してきた彼が生きていたら怒り心頭どころではない。音楽はミテクレだけではないーいろんな意味で。大作曲家すらも全て良いものではなかったが、生き続けたのにはそれなりの理由がある。大作曲家でなくとももちろん、いいものもある。触れている環境もまた大事。もっと真摯に音楽に触れてもらいたいものだ。


 ただ、これまで音楽分野では全く売れなかったクラシックに光があたっていたことらしいのにはいい意味で捉えるしかないか。不本意な形ではあるけれども。昔のこうしたジャンルのような曲にも光があたるのであれば必ずしもマイナスばかりではないかもしれないが、今はイメージが悪すぎる。音楽は好きだったとは信じたいが、それもどうだか。今宵も寒い日が続く。


■今後、廃盤、絶版になるものもあるかと思うが、正直、プレミア化はこうした類ではないように思えるというよりも、あっても低価格になったり、極端な話1円だとかになっても不思議はないー少なくとももう全聾の人が一生懸命作曲したという美談で売れないのでもう。仮にその何かが一時的にプレミア化することはあってもそれも長くは続かないだろう。いつものことだ。

 
 ■ただ、こうした騒動にフィギュア男子の高橋大輔選手も巻き込まれるのが不憫でならない。今さら数日でプログラムを変えるのは極めて難しいー数日しかない。割り切っていくしかないがーモチベーションが少し下がらないか心配だ。気持ちにも乱れが、葛藤があると演技にも乱れも出るので平常心で望んでもらいたいです。本人が名曲だと思えばそれはそれでありでしょうしーただ、なぜ今なのか■

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