FC2ブログ
categoryスポンサー広告

スポンサーサイト

trackback--  comment--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
categoryニュース

STAP細胞STOP細胞に?

trackback0  comment0
 理研の小保方 晴子リーダーが関わったとされる世紀の大発見とも言われたSTAP細胞、実は当初から納得のいかぬ要因がいくつもあり、大きな疑念を抱いていました。そのため、日本で新聞などやテレビなどで大々的に取り上げられた時も非常に違和感を覚えていました。簡単に増やせるということもやたらと強調されていました。
 
 
 通常この種の研究はそれなりの素地が必要としますが、有望可能性があるのなら、あったとなら実はもっと多くの研究者・企業などが参加していてもおかしくありませんでした。そもそも関わったとされる人たちはどちらかといえばその方面の主流からは外れていて、いわば傍流扱いになっていたような面があり、であるからこそ自分たちの研究のそれが正しかったのだとという意味合いのニュアンスが大きく響きました。もちろん、過去に科学においてそうした逆境を覆した成果も多くありました。

 
 確かに要因を考えれば万が一にもという可能性はあったものの、説明も納得いくものでもなくずっと低いものだと。最初に「おお」と思ったのも確かですが。ただし、それは要略での~は~というもので。

 
 幾つかの偶発的な要素が重なってということは科学・研究分野にはよくあることです。それはそういうものだということがわかりますが、それは大概説明に納得できるものです。ただこちらは当初よりやたらと成果を強調し、素晴らしき万能細胞であるかのような扱いだったこともあり(~になる、というのは他のモノよりもずっと簡単という当初の説明でした)、その説明もなぜにというのは納得できるものではありませんでした。あまりにも薄弱で。すぐに浮かんだのは未分化の細胞での勘違い。


 基本的に科学研究は1人ではできません。また基本的に今では同分野は最も最先端の分野で各国も多くの研究者、企業も参加しています。そのため、こういうものができると仮定すれば実証実験は不可欠で再現性が絶対条件になります。本人ができるだけでは意味がないのです。1人の天才だけができるものーそれは一般に共有化できるものでもなく、普遍性はありません。それなのに当初よりやたらと持ち上げていました。

 
 それが多くの人に共有化されてようやくスタートラインに立てるわけです。この種類の実験において1人だけしかできないものは実証言えず、基本思い込みレベルのものも多数存在しています。実証されて初めて、再現されて初めてそういうものだと認知されるわけです。同種で同じ結果に至らないというのはまた極めて不合理です。海外でのSTAP実験は軒並み失敗していますが、当初よりなぜ曖昧なままにして詳細な説明を避けていたのか大きな疑問を抱いてもいました。またヴァカンティ教授の猿などでの研究も。
 
 通常は特許などは技術が確立してもいないのに、特許に申請というのも腑に落ちないものがありました。この点、発表時にそれまで慎重に検討を重ねてきた山中教授らのiPS細胞とは違います。当初よりもそれらの開発にあたったストーリーを租借した細胞発見物語のように思えていました(丁度、山中教授ら2人の研究関係のように)。 そのため、やたらと持ち上げるマスコミの報道をよそにある種の気持ち悪さすら感じていました。

 
 また特許をこの時点で出願していたのなら、まだ技術的に確立できていないのならば通常研究者らの再現実験は寧ろ喜ばしいもので逆に自分たちのそれを補強する形になるので拒む理由が得に見当たりません。他の国にも研究が、ということで出し渋ったとしても意味不明で、通常そうした本当の大発見ならばほっておいても同じ試みをという人は多く出ます。そのためー出し惜しむ意味があまりありません。にも手の内を明かしたくないというのであればいささか不合理な理由であり、ただの自己満足的なものでしかありません。
 
 理論などももちろん大事ですが、基本科学は実証研究なので実証実験は欠かすことができません。そのため、多くの人が加わってくれるのであればそれだけその確率を高めることもできるので、率先して参加を促しても良いものでした。にもかかわらず、あのような対応でした。まともな反応には当初から見えませんでした。
 
 
 もちろん、彼女のような女性の若い研究者が活躍するのであればそれはそれで素晴らしいが、疑惑があるのであれば応えるのもまた科学です。通常、練度の高い研究論文ならよりじっくり見て確認するのでうっかりミスでしかも重要な場面での類似した使い回し写真やコピペなど考えられません。ましてや実験においてここまで近似したーというか同じものですがーものができるというのも非常に考え難いことですーこういうものはその信頼性にも関わるのでうっかりミスでは済まされませんー学生のそれではないのですから。ましてやもし本当にそれが本当であったのであったと仮定して世紀の大発見にまつわるものとしては非常にお粗末です。
 
 
 今の状況は人によっては逃げ回っているようにしか見えません。確かに研究以外がやたらとクローズアップして、当初は本人もまんざらではなかったようですが、マスコミが押しかけて研究できないとか、忙しさにかまけて対応しないというのであれば誠実さも欠いていましたー興奮もするでしょう、だって世紀の大発見ですよ。何しろ、世紀の大発見ですよ

『「世紀の大発見ですよ」と言いたい主張です』という但し書きは必要かもしれませんが。再現できない現状では。現時点ではNatureに載ったくらいでまだ確定要素ではないのです(もちろん、それに限らず、科学の分野では過去には結論を先走ったフライングも少なからずありました)。STAP幹細胞において再現性と互換性が不完全なままならあまり意味がありません。どんなに有用があるように仮に見えても。これでその妥当性があると言い切れるのか。
 
 
 STAP細胞がSTOP細胞に

 というのでは困ります。

 寧ろ、こうした研究をということで膨大な予算のバックアップを期待してしかけたことといううがった見方もされかねません。この種の類のものは少なくなく、もっともらしい名前を付けて予算をつけてもらったものなども少なからずあったからです。世紀の大発見で常識を覆すものであったものと思っていたので、より慎重になったと思いたいところですが。ただ、それならばあのような大々的な発表は腑に落ちませんが。この研究の主体が日本においては率先してということでは珍しい若手の女性研究者の小保方 晴子さんであったことも拍車をかけました。またあのよう割烹着姿も。

 
 ただ、通常この種の研究はそれなりにもっと出る前に知られていてもおかしくはありませんが、それすらも実質ほぼ皆無のような状況でした。万能細胞の新しい発見にと湧いていただけに落胆も大きいかもしれません。初期化における定義もというほどのものでもあっただけに。


■追記

もちろん、こうしたことで多くの可能性がある万能細胞研究そのものが否定されるわけではありません(ただ、こうしたものが実用化されるには幾つもの検証と安全が不可欠で、人間に応用可能になるには一定条件をクリアしなければなりませんし、かなり遠い将来にはもしかしたら自分の身体のパーツをほぼ再生できたり、預けたりできるようなSFのような人間バンクができるかもしれませんし、生物再生への道も切り開けるかもしれませんーただ、ここが可能になるのであれば倫理的な問題や人造的な再現可能性がー例えば悪魔的な生物を生み出すとか、倫理観のかけらもなく人間も含め、多くの生物などを題材にキメラを創ったり、兵器的な生物をという意味ではどこかで全般ルールとしての規定やそういうことに対しての処置などももうけないといけないかもしれません。

それでもルールを平然と破る人間はいるでしょうし、国家が絡んでいることもあるかもしれない。そんな時に対処できる選択肢は欲しいですが。ただそれはずっとずっと遠い話かもしれませんがー果てしない夢でもあるかもしれません)。
 
 
 
 もちろん、それが本当に真実であったのならそれはそれでとても素晴らしいことですーその内容がそのまま仮に事実であるのなら素晴らしい大発見です(ただ発表の仕方に違和感を覚えたのも事実です)。ただその前に幾つもの嫌疑が先に出てしまっている以上、より向き合って答える必要もあります。発見よりも前にストーリーがあっては困ります。もっと誠実に向き合う必要があります。確かに基礎研究はものすごい時間がかかり、一見無駄に思えてしまうような時間もあります。こつこつこつこつと積み上げていくしかないのです。その中で何が見えて来るのか、冷静な目も持ちたいものです。また最近の風潮でやたらヒーローのように、またはアイドルであるかのように持ち上げるのもどうかと思います。そういうものとは基本無縁なものですので。
 
 
■追記 3.10

この話に関しては早くから話題にもなっていましたが、当初より歴史的な大発見の割にはどうしてこんなに杜撰なんだと思われてもいました。ただ、研究者というのはこういうものがあると、やってみようかなという好奇心も湧くのでそれで当初やっていた人たちもいました。

ただ、それがてんで???というような状況でしたから、だんだん本当のことを隠しているのではないかという遠回しの意味も含め、内外からの(特に海外からの)手順公開をとの要望もあったかと思います。まあ、当然です。今に至っています。

もはや今や再現性の問題すら意味をなさなくなっていますーこれは失敗の連続がこうも続き、通常ならそこまで自信があるのなら提供してしかるべきものを理研が提供してこなかったためでもありました。最初から出せないのでは、という声も実はありましたーこれ自体が壮大な演技なのではー茶番なのでは、と。

当初のものが杜撰なものでデーターとして全く信頼に足るものではなかったからで、これではやる意味がないという意味で。5日の追加手順の発表で多くの人にとっては確信となりました。証明するデータになっていなかったのですーというか最初のを自ら否定するかのようなものでした。え?これでどうして、何を信じろと、そうなったのは当然、というか必然でした、多くの他の方々にも。つまり、実験そのものが全く意味がないもので、なんちゃって発表だったからです。これはただ発表した何て生易しいものとは違います。今までの根底を覆すものとしてあれほど大々的に発表したのだから、何もなかったではすまされないかと。これを押していた人間も何人もいなければここまで大々的にはならないのでは、上に立つ人たちが。


これまでの世界的な世紀の大発見、常識を覆すと豪語していたのは実は「わたし、テレビに出ちゃった、えへへ。私、大発見!大発見しちゃった!世界的な大発見!今まで誰も気づかなった凄いものを、私凄いのよ」と言っていたものが実際は「私(たち)がこうであろうと思い描いていたような夢の中でのメルヘンのような素敵なお話、眠りから覚まさないで(再度の再現成功ーこのままこの立場にいさせてーこの状況だとこう思われても仕方がないかと)」レベルのものであったのだから、驚愕されています。これを全面的に大々的に押していたのですから。既にの海外の研究機関ではその追試のために予算も、人材も、時間も使ってしまったところも出ています。


そしてこれらのために膨大な予算が投じられようとしていました。予算獲得するために何でもありきなり、科学の信頼は失墜しますーあれだけ大々的にというのはそう見られても仕方がない面も少なからずあったと思われかねないということです。実際iPS細胞の拠点100億、他おおまかに10億弱というようなものもありましたから雲泥の差がありました(実際、理研の予算は10億5000万くらいでした)、挽回を期すために敢えてこの時期に発表をぶつけ、逆転を狙ったと。もちろん、理研ががこの研究にそこまでの価値があると思い込んでいた可能性もあります。実際、これで挽回を狙ったのは事実でしょう。ただ意図しているのとは予想以上にかけ離れた結果になったかと。


いくら身内でもその場合、客観的評価に大きく疑問が残ります。また相対的に理研の価値を下げることにも。身内だけの調査に不満の声が上がっていたのもただ保身に走るだけで客観的な監査ができるのかと疑問視されてもいたからですー通常は独立した第三者機関が望ましいですが。


実際、恐らく表面的な賛辞をうのみにしてしまってよく理解できていなかったかと思われる安倍首相や文部科学省の下村大臣らは絶賛し(確かにあれが事実であれば素晴らしいですが、予算を執行する立場の方々ですからもう少し慎重に舞った方が良かったのでは、と)、予算の獲得につい最近スムーズにおりました。特定の、というのはそういうことです。強化指定されることにより予算も通常大幅に増えます。研究を促進するのを助ける意味でも。絵が出来ていたのではされてしまうような流れです。

こんなふうに思われるのは理研とて不本意でしょう。もうじき、本丸のiPS細胞を使った初の臨床試験が理研の人材の手によって始まるところだったのに。ただ、個人的には今の段階での生きた人体への、つまり、生きている人への臨床試験は幾ら随分と進歩したからと言ってリスク化をなくせたところまではいっておらず、ある程度のリスク化を避けられるようにはなったものの、今のタイミング化と疑問に思う気持ちがないわけではないです(あまりそこまで影響が比較的軽微と思われているものを選んではいますが)。いささか少し先走り感がありますー初の試みで勢い込むのはよくわかるのですが、やるのであれば入念に、慎重にです。


本当に世紀の大発見での注目でならそれは素晴らしいが、こういう取り上げ形だと逆風はますます強くなります。誠実にお答えした方がよろしいかと思います。彼女の図の使い回しも、もはや勘違いしました、は済まされないレベルです。STAP論文に関して話の飛躍を感じていた方も少なからずいましたが、今回のそれは飛躍ではなく、そこらの石が金に化けるような扱いでしたから、これではどういうものをほどこしてきたんだという教育の根幹そのものまで疑われかねません。また日本の相対的な科学レベルにも妙な目で見られてしまうとしたら残念です。既に唖然とした目で今回の事は見られたりもしているのに。


こういうことがあると少なからず、研究費予算にも、また海外における日本人などの若手も含めた人材登用にも難が出る可能性はないとは言えません。実際、控えるというところも出てくるかもしれません。こういうものは根本的な信頼も大事ですから、約束事をまるっきり無視しての最初からこれありきのものでは、難しいものがあります。


新たに研究する際に委縮してしまうというような見当違いな全く的外れな思い込みもありますが、既にそんなレベルの話ではありません。どうしてこんなことになってしまったのか、真摯な態度が必要です。■

■ D論、早稲田の博士論文のコピペ丸出しのそれはもちろん、是非に及ばず、いやはや■ 
スポンサーサイト

〔テーマ:気になるニュースジャンル:ニュース

 









        
 
http://sennosedoriaucgiri.blog62.fc2.com/tb.php/836-ae38466c
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。