categoryスポンサー広告

スポンサーサイト

trackback--  comment--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
categoryニュース

風化する3年3.11

trackback0  comment0
 またこの日がやってきた。3月11日。あれから3年経過してゆく事実。今、複雑な気持ちで抱いている方も少なくないのではないか。3年ですら正確には思い出せない方もいるのではないか、少しずつ自分が何かを失っている気がしているのではないか。新たな道のりが見えず折り合いをつけなければならないのではないか。自分たちの想いがまだもどかしいままに自体は行政主体でまず~ありきで進んではいまいか(巨大な壁、堤防ありき、被災者以外は受け入れてこなかった提供地ールールに縛られ出なければだめだったー少しだけが変わったが)、とどまるべきか、戻るべきか、戻らざるを得ないか、またいつの日か戻れる日が来るのなら、など様々に想いを受け止めていないか。大丈夫だろうかという想いは普段口にはしないが、心の奥底で漠然とした不安は抱いてはいまいか。
 
 
 その一方で1日1日と確実にあの日から遠ざかる日々。また1日1日と記憶が薄れていく日々。記憶として、とどめおくのならと苦心している人たちも多いかと思う。

 
 前に率直に被災地は災害での震災遺構を残すことは必然と書いたが、当然反発もあった。「石碑を見て逃げた人間がどこにいる」(いや、だからそれらを忘れられてしまっていたからこそ問題で先人たちを想いを紡いでいたのだが、なかなかなかなか)、「見ているだけで辛い」(もちろん、その気持ちも重々わかった上で何十年以上先のことも見据えてのわけだがー今が全て考え方は将来その地に住む人、移住する人らにとっても同様に大きな問題で、映像だけではなく、立体感を持って感じられることも十分必要なのです。またこうしたものは地元のものだけでなく、広く日本の共有財として認識されていくべきです)、


 「そういうものがあると前向きな気持ちに支障が出るー復興が前に進まない、イメージがついてしまう、見世物にはしたくない」(もちろん、そうしたことも、重々承知。でも、そこにあったものをとどめておくことが本当に障害になるのか。寧ろ、そうしたものをわざわざ見に来ていた人たちも多くいた。世界からもいた。それはなぜか、多くの人は見世物と思って来たのであろうか?私が察するに、今見ておかなければ、と自分の気持ちを前に進めて勇気をもって来られた方も多かった気がする。追悼の気持ちで、何もできない自分にもどかしさを抱えつつ、献花している人たちも。寧ろ、そうした人たちが進んできてくれていたのは希望だったのではあるまいか)。


 もちろん、全部が全部残せというような意味合いでもなかった。ただ、ほとんど何ら議論もなしに取り崩されていくことや、一方的に撤去されてしまうものも多かった。そこには伝わるはずの、リアルさが持つ物語で人をつなぎとめるものもあったのに、そうしたことは抜きにして、また現実的な物理的な置き場の欠如もあり、そのままにということもできず壊されたものも多かった。
 
 
 時間が経ってこともあるが、中には撤去してしまったことにより虚しくなってしまった人たちや(実は見るのもいやだったはずのそれが、残っていたことこそがわずかな手綱でもあったかもしれないー復興という名のもとに性急に取り戻そうとする日々の中で)、もう1度再建しようと奔走し、再建した人たちもいた。

 
 維持費ももちろん、現実的な大問題だった。多くの市町村などはそれで挫折したところも多かった。自分たちでは判断に追い悩むところもーだから何度も何度もメッセージは出していた。それが少し実ったのはつい最近の事。国が重い腰を上げ始めたのだ。予算が出るようになった、が、既に取り壊されたものも多く動きは鈍すぎた。


 ただ記憶としてとどめおくだけではなしに、もっと大きな意味合いで残してほしいと欲してもいるー遺構を残すということはそれだけではなしに、後世の人間にもこういうことがあったと伝えられるし、構造物が残れば実地での検証にも役立つ。あればそこは今に伝えるものとして多くの人たちは追悼に訪れるし、すぐに忘れられることはない。もっと工夫してほしいこともあるが、見てもらうことも大事。複雑な気持ちもわかるがまずは知ってもらうことも第一歩。また近くに震災などに関する資料や残ったものなどで各場所で展示し、そこに今のアート、文化、建築なども絡めていければそこそこのお金にはなるかもしれない。定期的にイベントをしたりしてもいい。またいい意味で起爆剤となる者があれば人は訪れる「あまちゃん」ブームのように。ただ、一過性のものなので続けるには地元の魅力をもっと知ってもらう必要だし、公共事業だって永遠と続くわけではなく、長くは続かない。
 
 
 地元力も必要で、そのためには誘致も必要だし、今あるものも大事にしたい。その両輪のバランスも。参加者として盛り上げていくことも。3年、たった3年でこの状況だ。風化という意味合いは年月が経てば経つほどに厄介なものにもなる。大丈夫だと思っていてもその自分でさえも忘れかけていくことはある。向き合うのであれば少しでも忘れないようにすることも必要だろう。どんな1日だろうか。
スポンサーサイト

〔テーマ:気になるニュースジャンル:ニュース

 









        
 
http://sennosedoriaucgiri.blog62.fc2.com/tb.php/838-33ff9be4
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。